[宅島徳光の言葉]

2009-10-03

【雲ながるる果てに】

早く返事をしなければと俺の心の責任感が叫ぶ。はっきり云う。俺はお前を愛している。然し、俺の心の中には今ではお前よりも大切なものを蔵するようになった。それは、お前のように優しい乙女の住む国のことである。俺は、昨日、静かな黄昏の田畑の中でまだ顔もよく見えない遠くから俺達に頭を下げてくれた子供達のいじらしさに強く胸を打たれたのである。もしそれがお前に対する愛よりも遥かに強いものと云うなら、お前は怒るだろうか。否、俺の心を理解してくれるだろう。本当にあのような可愛い子供等のためなら、生命も決して惜しくはない。自我の強い俺のような男には、信仰というものが持てない。だから、このような感動を行為の源泉として持ち続けて行かねば生きて行けないことも、お前は解ってくれるだろう。俺の心にあるこの宝を持って俺は死にたい。俺は確信する。俺達にとって、死は疑いもなく確実な身近の事実である。俺達の生命は世界の動きに続いている。俺はどのような社会も、人意を以て動かすことの出来る流動体として考えて来た。然しそうではなさそうである。殊にこの国では、社会の変化は寧ろ宿命観に依って支配されている不自由な制約の下にあるらしい。俺も ―― 平凡な大衆の一人たる俺も、当然その制約下に従わなければならない。

[ 宅島 徳光 ]