[木原誠二の言葉]

2008-12-24

【英国大蔵省から見た日本】

「あいつは馬鹿なやつだ」と思われても困るので、会議が終ったあと、自分の考えを文章でまとめて会議の参加者にメールを送るということを何度かやってみた。しかし、これは一向に評価されないし無視されるということを知った。こんなところは、日本と正反対である。日本では、議論の現場で素晴らしい対応ができなくても、後でそれなりの内容のペーパーを用意して配ったりすると、案外効果があったりする。結局、これは日本人と英国人の考え方の違いであろう。


サッチャー元首相には、経済成長率、失業率、財政赤字、等の様々な面で英国よりも遙かに優位に立っていた日本やドイツを手本とする道があった。しかし、彼女はそれをしなかった。日本やドイツの成功は日本人やドイツ人の歴史的な精神に支えられていることを嗅ぎ取っていたからである。


英国には変化についてタブーというものがない。英国の場合には、議会における多数決によって変更が可能な成文法や慣習が憲法の一部を構成していることからも分かるように、時代時代の人々の良心と正義以外のハードルがないのである。


にわかには信じられないことであるが、英国では、大人のうち五人に一人(約700万人)が満足に字が読めないために電話帳をひくこともできず、同様に五人に一人が、スーパーでのお釣りの計算などの簡単な計算ができない状態にあると言われている。これは、基本技能庁(Basic Skills Agency)の長官であるモーサー卿による報告書「読み書きの力と計算力の向上」("Improving Literacy and Numeracy")の報告に基づいた統計である。


「代表なくして課税なし」という観点から、王権が課税権を徐々に議会に譲り渡していったというのが英国の議会政治の歴史であったことから分かるように、英国においては「税」というものに対する意識が非常に高い。

[ 木原 誠二 ]