[若麻績隆の言葉]

2009-10-03

【雲ながるる果てに】

己だけ正しいのみならず、他をも正しくする。他を正しくせん為には、己は純一無雑の修業道を歩まねばならない。一歩行っては一度つまづき、延々と続くその嶮路を歩まねばならない。搭乗員の生活は如何にもデカダンのように一般に思われている。然し不思議な事に、そんな空気は過去四ケ月の間を振り返って全く思い出せず、反対に日々の向上、日々の修養という事が非常に大きく表われている。平和な時代に五十年、六十年をかけて円満に仕上げた人生を、僅々半年で仕上げなければならない。勿論円満などは望むべくもなかろう。荒く、歯切れよく、美しく仕上げねばならないのだ。今日と同様な人間的生活を明日もあれかしと望む事は出来なくなって来た。だがまだ墜死の如きは事故と見倣して居り、運命とは思っていない。それを宿命と考える時には相当な犠牲があってからの事であろう。


出撃の準備を急いでいる私の飛行機の傍で一筆したためます。私の足跡は廿有余年の昔の故郷から、今この野いばらさへも柔らかな春の若草の野末まで続いて来ました。そしてここで終わります。何もしてさしあげられなかった不肖お許し下さい。でも国の為になって男の意地が立てばそれでよいと思います。そぞろ感傷をさそう春の雲に眼を放てば、満ち足りた気持が眠気をさそいます。日の丸鉢巻に縫い込んだ教え子の遺骨の肌ざわりに、いつしかしらず祈る心の湧き出だします。出撃の命が下りました。隊長は地球を抱いてぶっ倒れろと云います。私も学生達にそう教えました。では皆様御健闘を祈ります。

[ 若麻績 隆 ]