[井之上達矢の言葉]

2010-07-13

【中央公論】

「パン屋を開きたい」。妻が呟く。夫歴五年。資金計画を提案するような愚は犯さない。真のメッセージを考える。ははん、「パンを食べたい」のか。「好きにすれば」。一週間、夫婦の会話が消えた。

 

2009-3-3

【中央公論】

横綱決戦をTV観戦。「どっち応援すればいい?」と妻。私が返答に困ると、「うーん、こっち!」と指を差す。その後の結果を本気で悔しがれる妻を見て、考える。夫を決めた時もこんな風だったに違いないと。

 

2008-12-24

【中央公論】

妻は革靴を磨いてくれる。ありがたい。だが過日、玄関で背を丸めた姿を見て胸が詰る。異臭漂う物体に触るのはキツかろうと、小マメな靴下交換を提案。妻は笑う。洗濯が大変ね。切に思う。生きるとは罪深い。


つまらない男ね、と妻に言われた。時が止まる。小考の後、私はその言葉の裏に「安定の幸せ」を読み取り、これは愛情表現と納得した。ではお返しにと出た言葉が、おかしな女だね。……久方ぶりに鬼を見た。

[ 井之上 達矢 ]